旧来住家住宅は、2階建てである。
2階に上がる階段は、古い日本住宅らしく、狭くて急である。
2階に上がると、畳廊下を挟んで、左側に押入れが、右側に和室がある。
床の間のある奥の和室は、スタッフの方が使用中であった。手前の和室には、東洋大学の創設者である、明治大正期の哲学者・井上円了が自書した「四季七言対句」が書かれた襖がある。
また、近藤翠石が干支の動物図を描いた襖がある。
このような邸宅でも、当然生活スペースはある。普段の生活は、客を通す表側の座敷の裏側にある和室で行われていただろう。
台所土間には、昔の「くど」が備え付けられている。
土間の上は吹き抜けで、太い梁が横に渡っているのを見ることが出来る。
旧来住家住宅の庭園には庭門から入っていく。この庭門には、欅の玉杢の戸が設置されている。丁度木の節が、板の断面の木目に浮かび出て、玉のように見えることから玉杢と言う。
案内の方の話では、現代にこの庭門を作ろうと思ったら、材料費だけで1千万円かかるとのことであった。
庭から母屋を眺めると、真ん中が膨らんだ起り屋根と三条通っている風切り丸瓦が美しい。
中庭には、地面を掘り下げたところに据えられた、唐船形の降りつくばいがある。
降りつくばいに、竹を模した雨どいが下がっている。
母屋から渡り廊下を渡った先には、離れの座敷と客湯殿がある。
見事なのは客湯殿の浴室である。
当時としては珍しいタイルで囲まれ、湯船には高野槙が使われている。
浴室の壁にはめられたタイルのうち、模様があるタイルは、恐らく淡路の珉平焼から発展したマジョリカタイルだろう。
洗面台はイタリア製大理石でできている。
更に凄いのは、見上げた天井である。栂材の折上格天井である。
こんな風呂であれば、毎日入るのが楽しみであろう。冬は寒そうであるが。
客湯殿の突き当りに、建築当時から掛けられている鏡があったが、その鏡の縁の木材の竹の意匠が素敵であった。
確かにお金が有り余るほどあれば、贅を凝らした邸宅を作ってみたいと思わないでもないだろう。しかし、そうした邸宅を、悪趣味で嫌味ではなく、控え目で趣味よく、通人には分るように造るのは難しい。
日本の茶室は、自然の素材をそのまま生かしながら、粗野でなく閑雅な空間を形成している。茶道は、日本の美学の集大成と言われるが、この旧来住家住宅にも茶道から来る静かな美しさを感じる。
和歌や和食もそうだが、自然そのままの素材の声に耳を傾けて、その中から美を浮かび上がらせるのは、日本人が得意とするところだろう。