東播磨は、法道仙人開基の寺が多いが、今日紹介する西林寺もその一つである。同寺は、西脇市坂本の山麓にある。
柏谷山西林寺は、白雉二年(651年)に法道仙人が開いたと伝わる寺院である。平安時代中期に恵心僧都が中興したとされる。今は真言宗の寺院となっている。
西林寺の御本尊は、木造十一面観音立像である。平安時代後期の作と言われている。一木造りで、珍しい四臂の観音菩薩像である。
この寺は東に向いて建っているので、十一面観音立像は昔から東向観音として信仰を集めた。
西林寺の往古の姿はよく分かっていない。宝暦年間(1751~1764年)に火災に遭って堂宇が焼失したそうだ。今ある建物は、明和年間(1764~1772年)以降のものであるらしい。
西林寺は、あじさい園で名高い。山門を潜って参道を歩くと、左手にあじさい園が見えてくる。訪れた日は、そろそろ紫陽花が咲き始める季節であったが、コロナウイルスのおかげで閉園していた。
西林寺には、歓喜天(聖天)も祀られている。西脇聖天と呼ばれている。
歓喜天は、象頭人身の像2体が抱き合った姿で現される。男女の交合の姿を思わせるので、秘仏として取り扱われることが多い。
本堂へのゆるやかな坂道を登っていく。今は緑の季節だが、紅葉の季節は、この参道も紅葉に彩られることだろう。
本堂は、文化年間(1804~1818年)に建てられたものである。
本堂には、兵庫県指定重要文化財である御本尊木造十一面観音立像が安置され、脇侍として不動明王と毘沙門天が祀られている。
本堂の隣には、庚申堂がある。
庚申さんは、青面金剛のことだそうだ。西林寺では仏像を拝観することは出来なかったが、仏法の守護神が多く祀られている寺院である。
唯一拝むことが出来たのが、真言宗寺院の定番である修行大師像である。修行大師像は、どの寺院に行っても、雨風に打たれる屋外に立っている。
この修行大師像は、大正時代に作られたものである。
若いころの空海は、当時の官吏養成のための大学に入って漢学を学んだが、途中で官吏登用の道に疑問を覚えて出家した。そして18歳から24歳まで、私度僧として、吉野や四国の山中で修行の日々を送った。若き日の空海が修行した場所が、後に四国八十八ヶ所霊場として定められた。
修行大師像は、渡唐して密教の真髄を学ぶ前の、人の役に立つ道や世の真実を求めて、仏典を貪り読みながら山林を跋渉し苦闘した、若き日の空海の姿を現したものである。
修行大師像は、自分でもまだ掴めない何かを求めて、向上心を持って苦闘する若者を象徴する像として、宗派や宗教を超えた普遍性を持っていると思う。