日生町 前編

 岡山県備前市日生町は、漁業や牡蠣の養殖で有名な港町である。

 沖合には、鹿久居島、頭島、大多府島、曽島、鴻島といった離島が浮かぶ、山水明媚な町である。

 日生町の歴史資料などを展示する、日生町日生の加子浦歴史文化館に行ってみた。

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文芸館

 歴史文化館は、資料館と文芸館とに分かれている。文芸館は、蔵のような形をした建物である。内部には、備前市日生町ゆかりの文学者、画家、スポーツ選手、作曲家などに関する資料や写真が展示されている。

 資料館は、日生町最古の建物である、江戸時代の資産家吉田家の屋敷を移築したものである。

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資料館

 吉田家は、江戸時代には「筑前屋」を屋号としていた。昔は、名字と別に家には屋号というものがついていて、屋号で個人や一族を呼んだそうだ。

 筑前屋は、播磨の港町・室津の本陣を経営していた家である。江戸時代後期に室津から分家して、日生に住み始めたのが、この吉田家である。

 筑前屋の建物は、約150年前に建てられたものだそうだ。

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筑前屋内部

 資料館内部には、主に漁業の道具や船舶の模型が展示してある。漁業と海運で栄えた町らしい展示である。

 展示物の中で気に入ったのは、昭和10年ころに使用された木造機帆船の模型である。

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木造機帆船の模型

 昔の舟は帆で進み、今の舟はエンジンで進む。その合いの子が機帆船である。燃料の節約のために、昔は内燃機関を積んだ船にも帆が装備されていた。昭和初期ころの沿岸航路では、木造の機帆船がよく使われていた。戦後は鉄製の船が使われるようになったので、木造機帆船は見かけなくなった。

 この鈍重な形は、航海のロマンを感じさせてくれる。船というものはいいものだ。

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犬養毅の書

 1階の座敷には、岡山県の生んだ政治家、犬養毅の「天行健」の書が掛けられていた。

 また、吉田家ゆかりの品を展示する部屋の中央には、紫檀の机が置いていた。

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紫檀の机

 夏目漱石は、書斎漱石山房で、紫檀の机を愛用し、小さな机上で数々の名作を書き上げた。私は、「それから」以後の漱石の作品があまり好きではないが、紫檀の机には憧れがある。資料館に展示していた紫檀の机は、丁度良い大きさで、ここで辞書や資料を広げながら書き物をする生活をしばし空想した。

 次に訪れたのは、同じく日生町日生のBIZEN中南米美術館である。ここは、日生町で漁網の販売をして財を成した森下精一が、北はメキシコから南はボリビアまでを訪れて遺跡を発掘し、収集した土器や土偶などを展示する美術館である。

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BIZEN中南米美術館

 森下精一は、昭和44年、65歳の時に商用で訪れた南米で、古代アメリカの美術に触れ、その魅力にとりつかれ、コレクションをするようになった。森下がコレクションを寄贈して、昭和50年に森下美術館が開館した。アステカ王国マヤ文明インカ帝国を始め、スペインに征服される前の中南米の様々な古代文化の考古学美術品約2200点を収蔵展示している。

 森下美術館は、平成17年にBIZEN中南米美術館に名称を変更し、現在に至っている。我が国唯一の中南米美術専門美術館である。美術館は、16000枚の備前焼の陶板で覆われている。

 展示品は、そのどれもがユニークなものばかりである。百聞は一見に如かず、写真を見てもらおう。

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楽人土偶エクアドル、ハマ・コアケ文化

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笛吹きボトル、ペルー、ビクス文化

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笛吹きボトル、ペルー、リマ文化

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鐙型ボトル、ペルー、モチェ文化

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彩色土器、ペルー、ナスカ文化

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ナマズに乗るアルマジロ付きボトル、ペルー、チムー文化

 それにしても、こんな破天荒なデザインは、人間の脳髄のどの部分から生み出されるのだろう。

 破天荒というのも今の日本人の感覚で、古代中南米の人からすればごく自然なデザインなのかも知れない。

 観るだけでも愉快な気分になってくる。森下精一が中南米美術に取りつかれたのも分かる気がする。

 最近私は日本の古びたものばかりを見てきたが、異文化の美術品を観ると新鮮な刺激を受ける。

 やはり私にも、異国の文物が好きな日本人の血が流れているのか。