書写山麓

 書写山の麓にも、地味ながら見るべきスポットはある。

 まずは、坂本城跡である。城跡、と言っても、今や土塁があるだけである。

 坂本城は、赤松満祐が、嘉吉の乱室町幕府6代将軍足利義教を殺害した後、立て籠もった城である。

 ここは、それほど堅固な城ではなかったので、満祐は、たつの市の城山(きのやま)城に籠城場所を変え、そこで滅ぼされる。

 兵庫県立大学工学部前の交差点を南に下ると、すぐに坂本城跡の土塁に行き当たる。

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坂本城土塁

 坂本城跡の石碑が建っていないと、これが昔の城の土塁だとは誰も気が付かないだろう。

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坂本城

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坂本城跡説明板

 それにしても、よくこんな住宅地の真ん中で、この土塁が掘削されずに生き残ったものだ。

 さて、書写山の南麓にあるのが如意輪寺である。長保四年(1002年)、性空上人が開刹した寺院である。

 圓教寺は、応永五年(1398年)に女人禁制となった。それ以後、禁制が解けるまで、如意輪寺は、書写山に悟りの機縁を求める女人たちのためのお寺となる。

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如意輪寺

 如意輪寺に上がる石段手前には、姫路出身の文学者・椎名麟三の文学碑と生家跡があった。

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椎名麟三生家跡

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椎名麟三文学碑

 私は椎名麟三の作品を読んだことがない。椎名は戦後の日本にしばし現れて消えた文学者の一人だ。今や著作の大半は絶版になっている。だからと言って、価値がないことはなかろう。女人堂の石段が四十三段あることに気づいて、それを書いただけで、何がしかの価値はある。人は誰しも、その人しか知らない小さな秘密を持っているものだ。そんな秘密は、大事にすべきである。

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如意輪寺本堂

 如意輪寺には、姫路市の指定文化財となっている仏像が三体ある。公開はされていない。

 境内で目を引いたのは、「守護使不入」の石柱である。

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守護使不入の石柱

 如意輪寺も圓教寺も、書写山の寺領からの収穫で維持されていた。この石柱は、昔、書写山領の入り口に建てられていたものだ。

 守護とは、鎌倉・室町時代の国単位の軍事指揮官・行政官であって、現代で言えば県知事と県警察本部長を兼任したような立場だろう。

 書写山領には、守護の使いが入ることが出来なかったようだ。中世日本は、現代の日本と違って、全国一律の法律が通用していた訳ではない。

 さまざまな法体系を持ったエリアが、入り組んでいた時代である。

 そんな書写山領が、羽柴秀吉に全部没収されてしまったのは、書写山にとっては悲しむべきことだが、日本全体から見れば、全国統一という新しい時代の到来を知らせる出来事だった。

 書写山ロープウェー駅の北側に、姫路市書写の里美術工芸館がある。

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姫路市書写の里美術工芸館

 ここには、姫路出身で、東大寺管主となった僧侶・清水公照のどろ仏などが展示されている。

 どろ仏は、清水公照が、全国の焼き物の土を使って作った仏像群である。

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どろ仏

 工芸館では、常設展の他に、特別展が開かれている。今日は猫の写真家として有名な岩合光昭さんの写真展「ねこといぬ」が開かれていた。

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写真展ねこといぬ

 岩合さんは、世界中を巡って猫の写真を撮り続けている写真家だが、自分の好きな被写体を追いかけることを職業に出来るのは、本当に幸せなことだと思う。

 それにしても、異種の動物の間の友情は、どうしてこんなにも人をほっこりさせるのだろう。

 美術工芸館には、その外にも、姫路名産の革細工や明珍火箸が展示してある。

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明珍火箸

 甲冑師の家・明珍家が、甲冑作りの技術を用いて作った明珍火箸は、火鉢が使われなくなった現代には、風鈴として売られている。

 明珍火箸は、非常に澄んだ音を出すことで有名である。お土産としてお奨めだ。

 暑いなか書写山を歩いてとても疲れたが、明珍火箸の音が、ほんの少しの間、疲れを忘れさせてくれた。