車漫画の金字塔

 誰しも、長い年月の中で、人生が変わる経験をすることがある。

 人からかけられた何気ない一言で変わることもあれば、ふと手にした書物の一文や雑誌の一つの記事で変わることもある。

 私の場合、これから紹介する車漫画のおかげで、確実に人生が変わった。変わった、というと大げさだが、精神生活は確実に豊かになった。

 その漫画は、西風さん作の「GTroman」である。

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自動車漫画の金字塔、それは「GTroman」

 私は若いころは文学少年を気取っていて、工業製品には全く興味がなかった。

 それでも生活の必要に迫られて、車の免許は取りに行った。丁度教習所に通っていた20歳のころ、大学近くの定食屋に置いていたこの漫画を、注文の料理が運ばれてくるまでの間に読んでみた。

 これが面白かった。あらすじはこうだ。静岡県沼津市にある架空の店、cafe&bar「roman」は、自動車好きが集まる店で、romanのマスター、沢木は、かつて暴走族の相談役をやったこともある元不良。KPGC10型スカイラインGT-Rを愛車としている。

 マスターや客の愛車を中心に、基本的に一話完結で話が進む。主役は車である。スカイラインポルシェ911、ケーターハム・スーパーセブン、アルファロメオ・ジュリアスーパー、ジャガーEタイプ、ミニ・クーパー、ロータス・ヨーロッパ、MGといった旧車、名車を紹介しながら、その車にこだわるあまり織りなされる人間ドラマが描かれる。それもちょっぴりお洒落で大人っぽい。

 アメコミのような硬い画風だが、これが味がある。車の描き方に感情があふれている。何より作者が本当に車を愛しているということが伝わってくる。

 一話一話が、車の紹介になっている。車に興味がなかった20歳の私も、この漫画で名車たちのことを知った。

 自動車マニアのことを、エンスージアストというが、将来、ガソリン自動車が無くなった時代の人に、20世紀のエンスージアストの生態を教えるには、この漫画を読んでもらうのが一番手っ取り早い。

 古いものに興味を持つ私の性分で、自動車の世界にも、古いけれど名車と呼ばれる車たちがあるのを知って、俄然旧車に興味を持った。興味は持ったが、ついぞ旧車を手に入れて修理をしながら乗ることはしなかった。

 それでも、車に興味もない若者だった私が、車が好きになって、好きな車に乗ってどこまでも行きたいという気持ちになったのは、確実にこの漫画のおかげである。

 私の自動車の好みは、「GTroman」で決まってしまった。マスターの愛車、ハコスカGT-Rが理想の車だが、これは高すぎて手が出ないし、さすがに今の生活では使いづらい。コンパクトで軽量なFRスポーツが好みだが、家庭の事情で2ドアには乗れない。現代の4ドアのFRセダンはどれも重たく巨大である。結局、FFだが軽量で面白いZC33Sを愛車に選んだ。

 工業製品の中にも詩が宿る。機械にも作った人の想いや志がこもっている。「GTroman」はそれを教えてくれた。

 人生は短い。短い人生の中で、少しでも価値あるものに触れたいというのが、私の気持ちである。どうせ触れるなら、後世に残るものに触れたい。後世に残るものは、いずれ古典と呼ばれるようになる。現代にいくら流行していても、後世に顧みられなくなるものなら、触れても時間の無駄であるというのが私の持論だ。

 「GTroman」は、失礼ながら決して売れている漫画ではないが、自動車漫画の中では確実に後世に残る価値のあるものである。

 私も西風さんのような仕事をしてみたいと願う今日このごろだ。